(平井憲夫氏の著作です)

 

原子åŠ>発é>»所の恐ろしい実æ…<
     〜〜原発がどんなものã�<知ってほしい    平井憲夫

・ç>®次・

私は原発反対é�<å<•家ではありまã�>ん

「安全」は机上の話

素人が造ã‚<原発

名ばã�<りの検査・検査官

いいã�<げんな原発の耐震設計

定期点検工äº<も素人が

放射能垂れ流しの海

内部被爆が一番怖い

普通の職場環境とは全く違う

絶対安全」だと5時間の洗脳教育

だれが助けã‚<のã�<

びっくりした美浜原発細管破断äº<故! もんじゅの大äº<故

日本のプルトãƒ<ウムがフランスの核兵器に?

日本には途中でやめã‚<å<‡気がない

廃炉も解体も出来ない原発

「閉鎖」して、ç>£視・管理

どうしようもない放射性廃棄物

住民の被æ>�と恐ろしい差別

私、子ä¾>生んでも大丈夫ですã�<。たとえé>»気がなくなってもいいã�<ら、私は原発はいやだ。

原発があã‚<限り、安心できない

著者 平井憲夫さんについて

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私は原発反対é�<å<•家ではありまã�>ん。

二â—<年間、原子åŠ>発é>»所の現場で働いていた者です。原発についてはè³>成だとã�<、危険だとã�<、安全だとã�<いろんな論争がありますが、私は「原発とはこ ういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃã‚<ようなも のではなく、毎日、被æ>�者を生み、大変な差別をつくっていã‚<ものでもあã‚<ことがよく分ã�<ã‚<と思います。

はじめて聞ã�<れã‚<話も多いと思います。どうã�<、最後まで読んで、それã�<ら、原発をどうしたらいいã�<、みなさんで考えられたらいいと思います。原発に ついて、設計の話をすã‚<人はたくさんいますが、私のように施工、造ã‚<話をすã‚<人がいないのです。しã�<し、現場を知らないと、原発の本当のことは分ã�<りまã�> ん。

私はプラント、大きな化学製造工場などの配管が専門です。二â—<代の終わりごろに、日本に原発を造ã‚<というのでスカウトされて、原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分ã�<りまã�>んが、現場ç>£督として長く働きましたã�<ら、原発の中のことはほとんど知っていす。

 

「安全」は机上の話

去年(一九九五年)の一月一七日に阪神大震災が起きて、å>½民の中ã�<ら「地震で原発が壊れたりしないã�<」という不安の声が高くなりました。原発は地震 で本当に大丈夫ã�<と。しã�<し、決して大丈夫ではありまã�>ん。å>½やé>»åŠ>会社は、耐震設計を考え、å>ºい岩ç>¤の上に建設されていã‚<ので安全だと強調しています が、これは机上の話です。この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、余りにも原発との共通点の多さに、改めて考えさã�>られました。まさã�<、新幹線の線路が 落ä¸<したり、高速道路が横倒しになã‚<とは、それまでå>½民のだれ1人考えてもみã�<ったと思います。

世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていã‚<と思われています。しã�<し、新幹線のæ©<脚部のコンクリート の中にはåž<枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一è¦<、溶接がされていã‚<ようにè¦<えていても、溶接そのものがなされ ていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。なぜ、このようなäº<が起きてしまったのでしょうã�<。その根本は、余りにも机上の設計ばã�<りに重点を置 いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。それがç>´接の原å> ではなくても、このようなäº<故が起きてしまうのです。

 

素人が造ã‚<原発

原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆã‚<人が間違えã‚<äº<故、ヒューマンエ ラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計がç«<派でも、設計通りには造られていないã�<らです。机上の設計の議論は、最高の 技量を持った職人が施工すã‚<ことが絶対条件です。しã�<し、原発を造ã‚<人がどんな技量を持った人であã‚<のã�<、現場がどうなっていã‚<のã�<という議論は1度もさ れたことがありまã�>ん。

原発にしろ、建設現場にしろ、作業者ã�<ら検査官まで総素人によって造られていã‚<のが現実ですã�<ら、原発や新幹線、高速道路がいつ大äº<故を起こして も、不思議ではないのです。日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこã�<で故障が起きã‚<とちゃんと止まã‚<ようになっています。しã�< し、これは設計の段階までです。施工、造ã‚<段階でおã�<しくなってしまっていã‚<のです。

仮に、自分の家を建てã‚<時に、ç«<派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官å±<の腕が悪ã�<ったら、é>¨漏りはすã‚<、建具は合わなくなったりしますが、æ®<念ながら、これが日本の原発なのです。

ひとむã�<し前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれã‚<職人、現場のè<¥いç>£督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分 の仕äº<にプライドを持っていて、äº<故やæ‰<抜きは恥だと考えていましたし、äº<故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前ã�<ら、現場に職人がいな くなりました。

全くの素人を経験不問という形でå<Ÿé>†しています。素人の人はäº<故の怖さを知らない、なにが不正工äº<やらæ‰<抜きã�<も、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。

ä¾<えば、東京é>»åŠ>の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたままé�<転していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大äº<故になっていたところで した。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大äº<故につながã‚<ã�<の認識は全然なã�<ったのです。そういう意味では老朽化した原発も危 ないのですが、新しい原発も素人が造ã‚<という意味で危ないのは同じです。

現場に職人が少なくなってã�<ら、素人でも造れã‚<ように、工äº<がマãƒ<ュアル化されã‚<ようになりました。マãƒ<ュアル化というのはå>³面をè¦<て作ã‚<のではな く、工場であã‚<ç¨<度組みç«<てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねã‚<ようにして合わã�>ていくんです。そうすã‚< と、今、自分が何をしていã‚<のã�<、どれほど重要なことをしていã‚<のã�<、全く分ã�<らないままに造っていくことになã‚<のです。こういうことも、äº<故や故障がひ んぱんに起こã‚<ようになった原å> のひとつです。

また、原発には放射能の被æ>�の問題があって後継者を育てã‚<ことが出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互 いに話をすã‚<ことも出来ないような所ですã�<ら、身振りæ‰<振りなんです。これではちゃんとした技術を教えã‚<ことができまã�>ん。それに、いわゆã‚<腕のいい人ほ ど、年間の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だã�<ら、よけいに素人でもいいということになってしまうんです。

また、ä¾<えば、溶接の職人ですと、ç>®がやられます。30歳すぎたらもうだめで、細ã�<い仕äº<が出来なくなります。そうすã‚<と、細ã�<い仕äº<が多い石油プ ラントなどでは使いものになりまã�>んã�<ら、だったら、まあ、日当が安くても、原発の方にでも行こうã�<なあということになります。

皆さんは何ã�<å<˜違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいã‚<ã�<も知れないけれど、そんな高級なものではないのです。ですã�<ら、素人が造ã‚<原発ということで、原発はこれã�<ら先、本当にどうしようもなくなってきます。

 

名ばã�<りの検査・検査官

原発を造ã‚<職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。しã�<し、その検査体制が問題なのです。出来上がったものをè¦<ã‚<のが日本の検査ですã�<ら、それではダメなのです。検査は施工の過ç¨<をè¦<ã‚<ことが重要なのです。

検査官が溶接なら溶接を、「そうではない。よくè¦<ていなさい。このようにすã‚<んだ」と自分でやってè¦<ã�>ã‚<技量がないと本当の検査にはなりまã�>ん。そ ういう技量の無い検査官にまともな検査が出来ã‚<わけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き、æ>¸類さえ整っていれば合格とすã‚<、これが今の官庁検査の実 æ…<です。

原発のäº<故があまりにもひんぱんに起き出したころに、é�<転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりました。原発の新設や定検(定期検査)のあとのé�<転の許可を出す役人です。私もその役人が素人だとは知っていましたが、ここまでひどいとは知らなã�<ったです。

というのは、水戸でè¬>演をしていた時、会場ã�<ら「実は恥ずã�<しいんですが、まã‚<っきり素人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って 発言した人がいました。その人は「自分たちの職場の職員は、被爆すã‚<ã�<ら絶対に現場に出さなã�<った。折ã�<ら行政改革で農水省の役人が余っていã‚<というの で、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチの養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任さã�>た。そういう何にも知らない人が原発の専門 検査官としてé�<転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三ã�<月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。 このようにまったくの素人が出す原発のé�<転許可を信用できますã�<。

東京é>»åŠ>の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作å<•した大äº<故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、その 人は、自分のæ<…当していã‚<原発で大äº<故が起きたことを、次の日の新聞で知ったのです。なぜ、専門官が何も知らなã�<ったのã�<。それは、é>»åŠ>会社の人は専門官 がまったくの素人であã‚<ことを知っていますã�<ら、火äº<場のような騒ぎの中で、子どもに教えã‚<ように、いちいち説明すã‚<時間がなã�<ったので、その人を現場に も入れないで放って置いたのです。だã�<ら何も知らなã�<ったのです。

そんないい加æ¸>な人のä¸<に原子åŠ>検査協会の人がいます。この人がどんな人ã�<というと、この協会は通産省を定年退職した人の天ä¸<り先ですã�<ら、全然畑 違いの人です。この人が原発の工äº<のあらゆã‚<検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕äº<が進まないのですが、検査のことはなにも知りまã�>ん。で すã�<ら、検査と言ってもただè¦<に行くだけです。けれども大変な権限を持っています。この協会のä¸<にé>»åŠ>会社があり、そのä¸<に原子炉メーカーの日ç«<・東芝・ 三菱の三社があります。私は日ç«<にいましたが、このメーカーのä¸<に工äº<会社があã‚<んです。つまり、メーカーã�<ら上も素人、そのä¸<の工äº<会社もほとんど素人 ということになります。だã�<ら、原発のäº<故のこともé>»åŠ>会社ではなく、メーåŠ>−でないと、詳しいことは分ã�<らないのです。

私は現役のころも、辞めてã�<らも、ずっと言っていますが、天ä¸<りや特殊法人ではなく、本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進していã‚<ところです ã�<ら、そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をすã‚<。そして、検査官は配管のことなど経験を積んだ人、現場のたたき上げの職人が検査と 指導を行えば、溶接の不具合やæ‰<抜き工äº<もè¦<抜けã‚<ã�<らと、一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていまã�>ん。 このように、日本の原発行政は、余りにも無責任でお粗末なものなんです。

 

いいã�<げんな原発の耐震設計

阪神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計をè¦<ç>´して、その結果を九月に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」とい うあきれたものでした。私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面ç>®に考えていなã�<ったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにし て、大丈夫だなんて、とんでもないことです。1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出åŠ>が急上昇して、自å<•停止したことがありましたが、 このäº<故は大変なäº<故でした。なぜ大変だったã�<というと、この原発では、1984年に震度5で止まã‚<ような工äº<をしていã‚<のですが、それが震度5ではない のに止まったんです。わã�<りやすく言うと、高速道路をé�<転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがã�<ã�<って止まったと同じことなんです。これは、 東北é>»åŠ>が言うように、止まったã�<らよã�<った、というような簡単なことではありまã�>ん。5で止まã‚<ように設計されていã‚<ものが4で止まったということは、 5では止まらない可能性もあã‚<ということなんです。つまり、いろんなことが設計通りにいã�<ないということの現れなんです。

こういう地震で異常な止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じåž<の原発が全å>½で10もあります。これは地震と原発のことを考えã‚<とき、非常に恐ろしいことではないでしょうã�<。

定期点検工äº<も素人が原発は1年くらいé�<転すã‚<と、必ず止めて検査をすã‚<ことになっていて、定期検査、定検といっています。原子炉には70気圧と ã�<、150気圧とã�<いうものすごい圧åŠ>がã�<けられていて、配管の中には水が、水といっても300℃もあã‚<熱湯ですが、水や水蒸気がすごいå<¢いで通っていま すã�<ら、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあã‚<のです。そういう配管とã�<バルブとã�<を、定検でどうしても取りæ>¿えなくてはならないのですが、 この作業に必ず被æ>�が伴うわけです。愿発は一å>žå<•ã�<すと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますã�<ら、その中で人間が放射線を浴びながら働いていã‚<ので す。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着æ>¿えて入ります。防護服というと、放射能ã�<ら体を守ã‚<服のように聞こえますが、そうでは ないんですよ。放射線の量を計ã‚<アラ−ムメーターは防護服の中のチョッキに付けていã‚<んですã�<ら。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なã‚< 作業着です。作業していã‚<人を放射能ã�<ら守ã‚<ものではないのです。だã�<ら、作業が終わって外に出ã‚<時に は、パンツー枚になって、被æ>�していないã�<どうã�<検査をすã‚<んです。体の表面に放射能がついていã‚<、いわゆã‚<外部被æ>�ですと、シャワーで洗うと大体流ã�>ま すã�<ら、放射能がゼロになã‚<まで徹底的に洗ってã�<ら、やっと出られます。

また、安全靴といって、備付けの靴に履きæ>¿えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありまã�>んã�<ら、大äº<な働く足元がちゃんと定ま りまã�>ん。それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういうã�<っこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですã�<ら、実éš>、原 発の中ではいい仕äº<は絶対に出来まã�>ん。普通の職場とはまったく違うのです。そういう仕äº<をすã‚<人が95%以上まã‚<っきりの素人です。お百姓や漁師の人が 自分の仕äº<が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆã‚<出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をすã‚<わけです。

ä¾<えば、ボルトをネジで締めã‚<作業をすã‚<とき、「対角線に締めなさい、締めないと漏れã‚<よ」と教えますが、作業すã‚<現場は放射線管理区域ですã�<ら、 放射能がいっぱいあって最悪な所です。作業現場に入ã‚<時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますã�<ら、作業の出来 ã‚<時間が違います。分刻みです。現場に入ã‚<前にその日の作業と時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まã‚<わけですが、その現場が 20分間作業ができã‚<所だとすã‚<と、20分経つとアラ−ムメーターが鳴ã‚<ようにしてあã‚<。だã�< ら、「アラームメーターが鳴ったら現場ã�<ら出なさいよ」と指示します。でも現場には時計がありまã�>ん。時計を持って入ã‚<と、時計が放射能で汚染されますã�< ら腹時計です。そうやって、現場に行きます。

そこでは、ボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたã�<な、15分は過ぎたã�<なと、頭はそっちの方にばã�<り行きます。アラームメーターが鳴ã‚<の が怖いですã�<ら。アラームメーターというのはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ã‚<と、顔ã�<ら血の気が引くくらい怖いものです。 これは経験した者でないと分ã�<りまã�>ん。ビーッと鳴ã‚<と、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。ですã�<らネジを対角線 に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すã‚<と、どうなりますã�<。

 

放射能垂れ流しの海

冬に定検工äº<をすã‚<ことが多いのですが、定検が終わã‚<と、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れã‚<魚で、安心して食べられã‚<魚はほとんどありまã�>ん。日本の海が放射能で汚染されてしまっていã‚<のです。

海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありまã�>ん。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。

原発のäº<故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、é>»åŠ>会社はそれ以上に隠そうとします。それに、å>½民もほとんど無関心ですã�<ら、日本の海は汚れっぱなしです。

防護服には放射性物質がいっぱいついていますã�<ら、それを最初は水洗いして、全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ã‚<と、すごい量です。こ ういう所で魚の養殖をしています。安全な食べ物を求めていã‚<人たちは、こういうことも知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このままでは、放 射能に汚染されていないものを選べなくなã‚<と思いますよ。

数年前の石川県の志賀原発の差止め裁判の報告会で、八十歳近い行商をしていã‚<おばあさんが、こんな話をしました。「私はいままで原発のことを知らな ã�<った。今日、昆布とわã�<めをお得意さんに持っていったら、そこのè<¥奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね、志賀原発がé�<転に入ったã�<ら」っ て言われた。原発のことは何も分ã�<らないけど、初めて実感として原発のことが分ã�<った。どうしたらいいのã�<」って途方にくれていました。みなさんの知らな いところで、日本の海が放射能で汚染され続けています。

 

内部被爆が一番怖い

原発の建å±<の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになã‚<のです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けã‚<ã�<らです。体の外ã�<ら浴びã‚<外部被æ>�も怖いですが、一番怖いのは内部被æ>�です。

ãƒ>コリ、どこにでもあã‚<チリとã�<ãƒ>コリ。原発の中ではこのãƒ>コリが放射能をあびて放射性物質となってé£>んでいます。この放射能をおびたãƒ>コリが口や 鼻ã�<ら入ã‚<と、それが内部被æ>�になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被æ>�をしますが、この体の中ã�<ら放射線を浴びã‚<内部被æ>�の方が外部被æ>�よ りもずっと危険なのです。体の中ã�<らç>´接放射線を浴びã‚<わけですã�<ら。

体の中に入った放射能は、通常は、三日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、三日なら三日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体 ã�<ら出ã‚<といっても、人間がå<�æ‰<に決めた基準ですã�<ら、決してゼロにはなりまã�>ん。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきま すã�<ら。

原発をè¦<学した人なら分ã�<ã‚<と思いますが、一般の人がè¦<学できã‚<ところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておã�<ないと放射能のãƒ>コリがé£>んで危険ですã�<ら。

私はその内部被æ>�を百å>ž以上もして、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようã�<と考えました。でも、 私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにã�<やろうと。原発のことで、私が知っていã‚<ことをすべて明ã‚<みに 出そうと思ったのです。

 

普通の職場環境とは全く違う

放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも十年なら十年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越えなければいいという姿å<¢です。

ä¾<えば、定検工äº<ですと三ケ月くらいã�<ã�<りますã�<ら、それで割ã‚<と一日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、一日に五分ã�<ら七分間しã�<作 業が出来ないところもあります。しã�<し、それでは全く仕äº<になりまã�>んã�<ら、三日分とã�<、一週間分をいっぺんに浴びã�>ながら作業をさã�>ã‚<のです。これは絶 対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業ができã‚<のです。そんなことをすã‚<と白血病とã�<ガンになã‚<と知ってくれていã‚< と、まだいいのですが……。é>»åŠ>会社はこういうことを一切教えまã�>ん。

稼å<•中の原発で、機械に付いていã‚<大きなネジが一本緩んだことがありました。å<•いていã‚<原発は放射能の量が物凄いですã�<ら、その一本のネジを締めã‚< のに働く人三十人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にあã‚<ネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えã‚<くらいで、も うアラームメーターがビーッと鳴ã‚<。中には走って行って、ネジを締めã‚<スパナはどこにあã‚<んだ?といったら、もう終わりの人もいã‚<。ネジをたった一山、二 山、三山締めã‚<だけで百六十人分、金額でå>>百万円くらいã�<ã�<りました。

なぜ、原発を止めて修理しないのã�<と疑問に思われã‚<ã�<もしれまã�>んが、原発を一日止めã‚<と、何億円もの損になりますã�<ら、é>»åŠ>会社は出来ã‚<だけ止めないのです。放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。

 

絶対安全」だと五時間の洗脳教育

原発など、放射能のあã‚<職場で働く人を放射線従äº<者といいます。日本の放射線従äº<者は今までに約二七万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。今 も九万人くらいの人が原発で働いています。その人たちが年一å>ž行われã‚<原発の定検工äº<などを、毎日、毎日、被æ>�しながら支えていã‚<のです。

原発で初めて働く作業者に対し、放射線管理教育を約五時間ã�<けて行います。この教育の最大のç>®的は、不安の解消のためです。原発が危険だとは一切教 えまã�>ん。å>½の被æ>�線量で管理していã‚<ので、絶対大丈夫なので安心して働きなさい、世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒されã‚<と言ってい ã‚<が、あれは“マッカナ、オオウソ”であã‚<、å>½が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だと、五時間ã�<けて洗脳します。

こういう「原発安全」の洗脳を、é>»åŠ>会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んでè¬>演会をé–<いたり、 文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷のç«<派なチラシを新聞折り込みしたりして。だã�<ら、äº<故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったたら、 é>»気がなくなってå>°ã‚<」 と思い込むようになã‚<のです。

私自身が二〇年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、 「洗 脳教育」をやって来ました。何人殺したã�<わã�<りまã�>ん。みなさんã�<ら現場で働く人は不安に思っていないのã�<とよく聞ã�<れますが、放射能の危険や被æ>�のこと は一切知らされていまã�>んã�<ら、不安だとは大半の人は思っていまã�>ん。体の具合が悪くなっても、それが原発のã�>いだとは全然考えもしないのです。作業者全 員が毎日被æ>�をすã‚<。それをいã�<に本人や外部に知られないように処理すã‚<ã�<が責任者の仕äº<です。本人や外部に被æ>�の問題が漏れã‚<ようでは、現場責任者は失 格なのです。これが原発の現場です。

私はこのような仕äº<を長くやっていて、毎日がいたたまれない日も多く、夜は酒のåŠ>をã�<り、酒量が日毎に 増していきました。そうした自分自身に、問いã�<けã‚<ことも多くなっていました。一体なんのために、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさねばならないのã�<と。気がついたら、二〇年の原発労働で、私の体も被æ>�でぼろぼろになっていました。

 

だれが助けã‚<のã�<

また、東京é>»åŠ>の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたことがありました。血が吹き出ていて、一刻を争う大怪我 でしたã�<ら、ç>´ぐに救急車を呼んでé�<び出しました。ところが、その怪我人は放射能まみれだったのです。でも、é>»åŠ>会社もあわてていたので、防護服を脱がã�> たり、体を洗ったりすã‚<除洗をしなã�<った。救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなã�<ったので、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院にé�<ばれてし まったんです。だã�<ら、その怪我人を触った救急隊員が汚染されã‚<、救急車も汚染されã‚<、医者もçœ<護婦さんも、そのçœ<護婦さんが触った他の患者さんも汚染さ れã‚<、その患者さんが外へ出て、また汚染が広がã‚<というふうに、町中がパãƒ<ックになã‚<ほどの大変なäº<æ…<になってしまいました。みんなが大怪我をして出血の ひどい人を何とã�<助けたいと思って必死だっただけで、放射能は全くè¦<えまã�>んã�<ら、その人が放射能で汚染されていã‚<ことなんã�<、だれも気が付ã�<なã�<ったん ですよ。

一人でもこんなに大変なんです。それが仮に大äº<故が起きて大å<¢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなã‚<のでしょうã�<。想像できますã�<。人ごとではないのです。このå>½の人、みんなの問題です。

 

びっくりした美浜原発細管破断äº<故!

皆さんが知らないのã�<、無関心なのã�<、日本の原発はびっくりすã‚<ような大äº<故を度々起こしています。スリーマイル島とã�<チェルノブイリに匹敵すã‚<大äº<故です。一九八九年に、東京é>»åŠ>の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大äº<故も、世界で初めてのäº<故でした。

そして、一九九一年二月に、関西é>»åŠ>の美浜原発で細管が破断したäº<故は、放射能をç>´接に大気中や海へ大量に放出した大äº<故でした。

チェルノブイリのäº<故の時には、私はあまり驚ã�<なã�<ったんですよ。原発を造っていて、そういうäº<故が必ず起こã‚<と分ã�<っていましたã�<ら。だã�<ら、あ あ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなã�<ったと思ったんです。しã�<し、美浜のäº<故の時はもうびっくりして、足がガクガクふã‚<えて椅子 ã�<らç«<ち上がれないç¨<でした。

このäº<故はECCS(緊急炉心冷却装置)をæ‰<å<•でå<•ã�<して原発を止めたという意味で、重大なäº<故だったんです。ECCSというのは、原発の安全を守 ã‚<ための最後の砦に当たります。これが効ã�<なã�<ったらお終りです。だã�<ら、ECCSをå<•ã�<した美浜のäº<故というのは、一億数千万人の人を乗ã�>たバスが高速 道路を一〇〇キロのスピードで走っていã‚<のに、ブレーキもきã�<ない、サイドブレーキもきã�<ない、崖にぶつけてやっと止めたというような大äº<故だったんで す。

原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになã‚<寸前だったのです。日本が誇ã‚<多重防護の安全弁が次々と効ã�<なくて、あと〇・七秒でチェルノブイリになã‚<ところだった。それも、土æ>œ日だったのです が、たまたまベテランの職員が来ていて、自å<•停止すã‚<はずが停止しなくて、その人がとっさの判断でæ‰<å<•で止めて、世界を巻き込むような大äº<故に至らなã�<ったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当にé�<がよã�<ったのですよ。

このäº<故は、二ミリくらいの細い配管についていã‚<触れ止め金具、何千本もあã‚<細管が振å<•で触れ合わないようにしてあã‚<金具が設計通りに入っていな ã�<ったのが原å> でした。施工ミスです。そのことが二十年近い何å>žもの定検でもè¦<つã�<らなã�<ったんですã�<ら、定検のいい加æ¸>さがばれたäº<故でもあった。入ら なければ切って捨てã‚<、合わなければ引っ張ã‚<という、設計者がまさã�<と思うようなことが、現場では当たり前に行われていã‚<ということが分ã�<ったäº<故でも あったんです。

 

もんじゅの大äº<故

去年(一九九五年)の十二月八日に、福井県の敦賀にあã‚<å<•燃(å<•åŠ>炉・核燃料é–<発äº<業å>£)のもんじゅでナトリウム漏れの大äº<故を起こしました。もん じゅのäº<故はこれが初めてではなく、それまでにも度々äº<故を起こしていて、私は建設中に六å>žも呼ばれて行きました。というのは、所長とã�<ç>£督とã�<職人と ã�<、元の部ä¸<だった人たちがもんじゅのæ<…当もしていã‚<ので、何ã�<å>°ったことがあã‚<と私を呼ぶんですね。もう会社を辞めていましたが、原発だけはäº<故が起き たら取り返しがつきまã�>んã�<ら、放っては置けないので行くのです。

あã‚<時、é>»話がã�<ã�<って、「配管がどうしても合わないã�<ら来てくれ」という。行ってè¦<ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべてå>³面どおり、寸法通りになっていã‚<。でも、合わない。どうして合わないの ã�<、いろいろ考えましたが、なã�<なã�<分ã�<らなã�<った。一晩考えてようやく分ã�<りました。もんじゅは、日ç«<、東芝、三菱、富士é>»機などの寄ã�>é>†めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。

å>³面を引くときに、私が居た日ç«<は〇・五mm切り捨て、東芝と三菱は〇・五mm切上げ、日本原研は〇・五mm 切りä¸<げなんです。たった〇・五mmですが、百カ所もé>†まã‚<と大変な違いになã‚<のです。だã�<ら、数字も線も合って いã‚<のに合わなã�<ったのですね。

これではダメだということで、みんな作りç>´さã�>ました。何しろå>½の威信がã�<ã�<っていますã�<ら、お金はæŽ>けã‚<んです。

どうしてそういうことになã‚<ã�<というと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全体で話し合いをして、この〇・五mmについて、切り 上げã‚<ã�<、切りä¸<げã‚<ã�<、どちらã�<に統一しようというような話し合いをしていなã�<ったのです。今å>žのもんじゅのäº<故の原å> となった温度センサーにしても、 メーカー同士での話し合いもされていなã�<ったんではないでしょうã�<。どんなプラントの配管にも、あのような温度計がついていますが、私はあんなに長いのは è¦<たことがありまã�>ん。おそらく施工した時に危ないと分ã�<っていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社のことだã�<らほっとけばいい、自分の会社の責 任ではないと。

å<•燃自体がé>»åŠ>会社ã�<らの出向で出来た寄ã�>é>†めですが、メーカーも寄ã�>é>†めなんです。これではäº<故は起こã‚<べくして起こã‚<、äº<故が起きないほうが不思議なんで、起こって当たり前なんです。

しã�<し、こんな重大äº<故でも、å>½は「äº<故」と言いまã�>ん。美浜原発の大äº<故の時と同じように「äº<象があった」と言っていました。私はäº<故の後、ç>´ぐ に福井県の議会ã�<ら呼ばれて行きました。あそこには十五基も原発がありますが、誘致したのは自民党の議員さんなんですね。だã�<ら、私はそういう人に何時 も、「äº<故が起きたらあなた方のã�>いだよ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。この度、の議員さんたちに呼ばれたのです。 「今å>žは腹を据えてå<•燃とケンカすã‚<、どうしたらよいã�<教えてほしい」とç>¸談を受けたのです。

それで、私がまず最初に言ったことは、「これはäº<故なんです、äº<故。äº<象というような言葉に誤魔化され ちゃあだめだよ」と言いました。県議会でå<•燃が「今å>žのäº<象は……」と説明をå§<めたら、「äº<故だろ! äº<故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写ってい ましたが、あれも、黙っていたら、軽い「äº<象」ということにされていたんです。地元の人たちだけではなく、私たちも、向こうの言う「äº<象」というような軽 い言葉に誤魔化されてはいけないんです。普通の人にとって、「äº<故」というのと「äº<象」 というのとでは、とらえ方がまったく違います。このå>½がäº<故をäº<象などと言いæ�>えã‚<ような姑息なことをしていã‚<ので、日本人には原発のäº<故の危機感がほと んどないのです。

 

日本のプルトãƒ<ウムがフランスの核兵器に?

もんじゅに使われていã‚<プルトãƒ<ウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトãƒ<ウムを取り出すことですが、プルトãƒ<ウムはそういうふうに人工的にしã�<作れないものです。

そのプルトãƒ<ウムがもんじゅには約一・å>>トンも使われています。長崎の原爆は約八キロだったそうですが、 一体、もんじゅのプルトãƒ<ウムでどのくらいの原爆ができますã�<。それに、どんなに微量でも肺ガンを起こすçŒ>毒物質です。半æ¸>期が二万å>>千年もあã‚<ので、永久に放射能を出し続けます。だã�<ら、その名前がプルートー、 地獄のçŽ<という名前ã�<らつけられたように、プルトãƒ<ウムはこの世で一番危険なものといわれã‚<わけですよ。

しã�<し、日本のプルトãƒ<ウムが去年(一九九五年)南太平æ´<でフランスが行った核実験に使われた可能性が 大きいことを知っていã‚<人は、余りいまã�>ん。フランスの再処理工場では、プルトãƒ<ウムを作ã‚<のに核兵器用も原発用も区別がないのです。だã�<ら、日本のプルトãƒ<ウムが、この時の核実験に使われてしまったことはほとんど間違いありまã�>ん。

日本がこの核実験に反対をきっちり言えなã�<ったのには、そういう理由があã‚<ã�<らです。もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさã�>たã�<ったら、簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止めればよã�<ったんです。でも、それをしなã�<った。

日本とフランスの貿易額で二番ç>®に多いのは、この再処理のお金なんですよ。å>½民はそんなことも知らないで、いくら「核実験に反対、反対」といっても 仕方がないんじゃないでしょうã�<。それに、唯一の被爆å>½といいながら、日本のプルトãƒ<ウムがタヒチの人々を被爆さã�>、きれいな海を放射能で汚してしまった に違いありまã�>ん。

世界中が諦めたのに、日本だけはまだこんなものでé>»気を作ろうとしていã‚<んです。普通の原発で、ウランとプルトãƒ<ウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を 燃やす、いわゆã‚<プルサーマルをやろうとしています。しã�<し、これは非常に危険です。分ã�<りやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすようなことなん です。原発の元々の設計がプルトãƒ<ウムを燃すようになっていまã�>ん。プルトãƒ<ウムは核分裂のåŠ>がウランとはケタ違いに大きいんです。だã�<ら原爆の材料にし ていã‚<わけですã�<ら。

いくら資源がないå>½だã�<らといっても、あまりに酷すぎã‚<んじゃないでしょうã�<。早く原発を止めて、プルトãƒ<ウムを使うなんてことも止めなければ、あちこちで被æ>�者が増えていくばã�<りです。

 

日本には途中でやめã‚<å<‡気がない

世界では原発の時代は終わりです。原発の先進å>½のアメリカでは、二月(一九九六年)に二〇一五年までに原発を半分にすã‚<と発表しました。それに、プルトãƒ<ウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖い物, 研究さえ止めました。

もんじゅのようにプルトãƒ<ウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リ ゾートパークにしてしまいました。世界のå>½がプルトãƒ<ウムで発é>»すã‚<のは不可能だと分ã�<って止めたんです。日本政府も今度のもんじゅのäº<故で「失敗した」 と思っていã‚<でしょう。でも、まだ止めない。これã�<らもやã‚<と言っています。

どうして日本が止めないã�<というと、日本にはいったん決めたことを途中で止めã‚<å<‡気がないã�<らで、このå>½が途中で止めã‚<å<‡気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんなä¾<は山ほどご存じでしょう。

とにã�<く日本の原子åŠ>政策はいい加æ¸>なのです。日本は原発をå§<めã‚<時ã�<ら、後のことは何にも考えていなã�<った。その内に何とã�<なã‚<だろうと。そんないい加æ¸>なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、どうにもできないんです。

もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子åŠ>工学科があって、それなりに学生がいましたが、今はè<¥い人たちが原子åŠ>ã�<らé>¢れてしまい、東大をはじめほとんどの大学ã�<らなくなってしまいました。机の上で研究すã‚<大学生さえいなくなったのです。

また、日ç«<と東芝にあã‚<原子åŠ>部門の人も三分の一にæ¸>って、コ・ジェネレーション(é>»気とお湯を同時に作ã‚<効率のよい発é>»設備)のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ、原子åŠ>はもう終わりだと思っていã‚<のです。

原子åŠ>局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子åŠ>談義』という本で、「日本政府がやっていã‚<のは、ただのつじつま合わã�>に過ぎな い、é>»気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとã�<プルトãƒ<ウムを持ちすぎてしまったことが原å> です。はっきりノーといわないã�<ら持たされ てしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作ã‚<んじゃないã�<と世界のå>½々ã�<らè¦<られã‚<、その疑惑を否定すã‚<ために核の平和利用、つまり、原発をもっ ともっと造ろうということになã‚<のです」 とæ>¸いていますが、これもこのå>½の姿なんです。

 

廃炉も解体も出来ない原発

 

一九六六年に、日本で初めてイギリスã�<ら輸入した十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼å<•しました。その後はアメリカã�<ら輸入した原 発で、途中で自前で造ã‚<ようになりましたが、今では、このç<­い日本に一三五万キロワットというような巨大な原発を含めて五一の原発がé�<転されています。

具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままにå<•ã�<しå§<めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびã‚<とボロボロになã‚<んで す。だã�<ら、最初、耐用年数は十年だと言っていて、十年で廃炉、解体すã‚<予定でいました。しã�<し、一九八一年に十年たった東京é>»åŠ>の福島原発の一号機で、 当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分ã�<りました。このことはå>½会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。

この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうすã‚<ã�<、毎日のように、ああでもない、こうでも ないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造ã‚<ときの何倍ものお金がã�<ã�<ã‚<ことや、どうしても大量の被æ>�が避 けられないことなど、どうしようもないことが分ã�<ったのです。原子炉のすぐä¸<の方では、決められた線量を守ろうとすã‚<と、たった十数秒くらいしã�<いられな いんですã�<ら。

机の上では、何でもできますが、実éš>には人のæ‰<でやらなければならないのですã�<ら、とんでもない被æ>�を伴うわけです。ですã�<ら、放射能がゼロになら ないと、何にもできないのです。放射能があã‚<限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしています が、ロボットが放射能でç<‚ってしまって使えないのです。

結局、福島の原発では、廃炉にすã‚<ことができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分のå>½ã�<ら作業者を送り込み、日本では到底考えられないç¨<の大量の被æ>�をさã�>て、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発はå<•いています。

最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、もう三〇年近くå<•いています。そんな原発が十一もあã‚<。くたびれてヨタヨタになってもå<•ã�<し続けていて、私は心配でたまりまã�>ん。

また、神奈川県の川崎にあã‚<武蔵工大の原子炉はたった一〇〇キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に二〇億円、廃炉にすã‚<には六〇億円もã�<ã�<ã‚<そうですが、 大学の年間予算にç>¸当すã‚<お金をã�<けても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなã‚<まで管理すã‚<しã�<ないのです。それが一〇〇万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありまã�>ん。

 

「閉鎖」して、ç>£視・管理

なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうã�<。それは、原発は水と蒸気でé�<転されていã‚<ものなので、é�<転を止めてそのままに放置しておくと、すぐ サビが来てボロボロになって、穴がé–<いて放射能が漏れてくã‚<ã�<らです。原発は核燃料を入れて一å>žでもé�<転すã‚<と、放射能だらけになって、止めたままにして おくことも、廃 炉、解体すã‚<こともできないものになってしまうのです。

先進各å>½で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発é>»を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここã�<らが大変です。

放射能まみれになってしまった原発は、発é>»していã‚<時と同じように、水を入れてå<•ã�<し続けなければなりまã�>ん。水の圧åŠ>で配管が薄くなったり、部品 の具合が悪くなったりしますã�<ら、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりまã�>ん。放射能が無くなã‚<まで、発é>»し ていã‚<ときと同じようにç>£視し、管理をし続けなければならないのです。 

今、é�<転中が五一、建設中が三、全部で五å>>の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上é�<転を続けã‚<、余りにも危険な原発もいくつã�<あります。こ の他に大学や会社の研究用の原子炉もありますã�<ら、日本には今、小さいのは一〇〇キロワット、大きいのは一三五万キロワット、大小合わã�>て七六もの原子炉 があã‚<ことになります。

しã�<し、日本のé>»åŠ>会社が、é>»気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気でç>£視し続けã‚<ã�<大変疑問です。それなのに、さらに、新規ç«<地や増 設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に五機ç>®の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引æ�>えにした増設もありま す。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、二〇一〇年には七〇〜八〇基にしようと。 実éš>、言葉は悪いですが、このå>½はç<‚っていã‚<としã�<思えまã�>ん。これã�<ら先、必ずやってくã‚<原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖 された原発が日本å>½中いたã‚<ところに出現すã‚<。これは不安というより、不気味です。ゾーとすã‚<のは、私だけでしょうã�<。

 

どうしようもない放射性廃棄物

それã�<ら、原発をé�<転すã‚<と必ず出ã‚<核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被æ>�をすã‚<ようなものもあります。そんなものが 全å>½の原発で約八〇万本以上溜まっています。

日本が原発をå§<めてã�<ら一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックでé�<んでã�<ら、船に乗ã�>て、千葉の沖に捨てに行っていました。

しã�<し、私が原発はちょっとおã�<しいぞと思ったのは、このことã�<らでした。海に捨てたドラム缶は一年も 経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなã‚<のだろうã�<、魚はどうなã‚<のだろうã�<と思ったのがはじめでした。

現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれã�<ら三百年間管理すã‚<と言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があã‚<のã�<、廃棄物業者が三百年間も続くのã�<どうã�<。どうなりますã�<。

もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトãƒ<ウムを取り出した後にæ®<った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会 社に再処理を頼んでいます。去年(一九九五年)フランスã�<ら、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一 緒にå>ºめて、金属容器に入れたものです。この容器の側に二分間いã‚<と死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置い て、三〇年ã�<ら五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこã�<他の場所に持って行って、地中深くåŸ<めã‚<予定だといっていますが、予定地は全く決まっていまã�> ん。余所のå>½でも計画だけはあっても、実éš>にこの高レベル廃棄物を処分したå>½はありまã�>ん。みんなå>°っています。

原発自体についても、å>½は止めてã�<ら五年ã�<十年間、密閉管理してã�<ら、粉々にくだいてドラム缶に入れて、 原発の敷地内にåŸ<めã‚<などとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出ã‚<んですよ。生活のゴミでさえ、捨てã‚< 所がないのに、一体どうしようというんでしょうã�<。とにã�<日本中が核のゴミだらけになã‚<äº<はç>®にè¦<えています。早くなんとã�<しないといけないんじゃないで しょうã�<。

それには一日も早く、原発を止めã‚<しã�<なんですよ。私が五年ç¨<前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを五〇年、三百年ç>£視続けã‚<」と言った ら、中学生の女の子が、æ‰<を挙げて、「お聞きしていいですã�<。今、廃棄物を五〇年、三百年ç>£視すã‚<といいましたが、今の大人がすã‚<んですã�<? そうじゃな いでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がすã‚<んじゃないんですã�<。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返äº<の出来ã‚<大 人はいますã�<。

それに、五〇年とã�<三百年とã�<いうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありまã�>ん。原発がå<•いていã‚<限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三百年だということです。

 

住民の被æ>�と恐ろしい差別

日本の原発は今までは放射能を一切出していまã�>んと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。原発にあã‚<高い排気塔ã�< らは、放射能が出ています。出ていã‚<んではなくて、出していã‚<んですが、二å>>時間放射能を出していますã�<ら、その周辺に住んでいã‚<人たちは、一日中、放射 能をあびて被æ>�していã‚<のです。

あã‚<女性ã�<らæ‰<紙が来ました。二三歳です。便ç®<に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職してæ�<æ„>し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところ が突然ç>¸æ‰<ã�<ら婚約を解消されてしまったのです。ç>¸æ‰<の人は、å�>に は何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っていã‚<。でも、親たちã�<ら、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っていã‚<。原発の周辺では白血病の子ども が生まれã‚<確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんでè¦<たくない。だã�<ら結婚すã‚<のはやめてくれ、といわれたã�<らと。私が何ã�<悪いことしましたã�<」とæ>¸ いてありました。この娘さんに何の罪がありますã�<。こういう話が方々で起きています。

この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とã�<、この女性のように、原発の近く で育った娘さんと自分の息子とã�<の結婚を心ã�<ら喜べますã�<。è<¥い人も、そういう人とæ�<æ„>すã‚<ã�<も知れないですã�<ら、まったく人ごとではないんです。 こう いう差別の話は、言えば差別になã‚<。でも言わなければ分ã�<らないことなんです。原発に反対していã‚<人も、原発はäº<故や故障が怖いだけではない、こういうこ とが起きã‚<ã�<ら原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発はäº<故だけではなしに、人の心まで壊していã‚<のですã�<ら。

 

私、子ども生んでも大丈夫ですã�<。たとえé>»気がなくなってもいいã�<ら、私は原発はいやだ。

最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催のè¬>演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話はしています。あとの話は全部忘れてくださっても結æ§<ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。

そのè¬>演会は夜のé>†まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だã�<らと聞きに来ていたのです。

話が一通り終わったので、私が質問はありまã�>んã�<というと、中学二年の女の子が泣きながらæ‰<を挙げて、こういうことを言いました。 

今夜この会場にé>†まっていã‚<大人たちは、大ウソつきのええã�<っこしばっã�<りだ。私はその顔をè¦<に来たんだ。どんな顔をして来ていã‚<のã�<と。今の大人 たち、特にここにいã‚<大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何ã�<と言えば子どもたちのためにと言って、é�<å<•すã‚<ふりばã�<りしていã‚<。私は泊原発の すぐ近くの共和町に住んで、二å>>時間被æ>�していã‚<。原子åŠ>発é>»所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれã‚<確率が高いというのは、本を 読んで知っていã‚<。私も女の子です。年頃になったら結婚もすã‚<でしょう。 私、子ども生んでも大丈夫なんですã�<?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いていã‚<のです。でも、誰も答えてあげられない。

「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造ã‚<ときに一生懸命反対してくれなã�<ったのã�<。まして、ここに来ていã‚<大人たちは、二号 機も造らã�>たじゃないのã�<。たとえé>»気がなくなってもいいã�<ら、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試é�<転に入った時だったんです。「何 で、今になってこういうé>†会していã‚<のã�<分ã�<らない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めていã‚<」と言う。

「二基ç>®が出来て、今までの倍私は放射能を浴びていã‚<。でも私は北海道ã�<ら逃げない」って、泣きながら訴えました。

私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあã‚<の」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ていã‚<、でも、話したことはない」 と言います。「女の子同志ではいつもその話をしていã‚<。結婚もできない、子どもも産めない」って。

æ<…任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていã‚<ことを少しも知らなã�<ったそうです。これは決して、原子åŠ>防災の八キロとã�<十キロの問題 ではない、五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがいっぱい起きていã‚<のです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていã‚<ことを絶えず知っていてほし いのです。

 

原発があã‚<限り、安心できない

みなさんには、ここまでのことã�<ら、原発がどんなものã�<分ã�<ってもらえたと思います。

チェルノブイリで原発の大äº<故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多ã�<ったと思います。でも、 「原発が止まったら、é>»気が無くなってå>°ã‚<」と、特に都会の人は原発ã�<ら遠いですã�<ら、少々怖くても仕方がないと、そう考えていã‚<人は多いんじゃないでしょうã�<。

でも、それはå>½やé>»åŠ>会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対にäº<故を起こしまã�>ん。安全だã�<ら安心しなさい」「日本には資源がないã�< ら、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をã�<けて宣伝をしていã‚<結果なんです。もんじゅのäº<故のように、本当のことはずーっと隠しています。

原発は確ã�<にé>»気を作っています。しã�<し、私が二〇年間働いて、このç>®でè¦<たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被æ>�さã�>なければå<• ã�<ないものだということです。それに、原発を造ã‚<ときã�<ら、地域の人達はè³>成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされã‚<。出来たら出来たで、被æ>�さã�>ら れ、何の罪もないのに差別されてè<¦しんでいã‚<んですみなさんは、原発がäº<故を起こしたら怖いのは知っていã‚<。だったら、äº<故さえ起こさなければいいのã�<。 平和利用なのã�<と。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被æ>�して死んでいったり、地域の人がè<¦しんでいã‚<限り、原発は平和利用なんã�<ではないん です。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発があã‚<限り安心できないのですã�<ら。

それã�<ら、今はé>»気を作っていã‚<ようにè¦<えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大なé>»気や石油がいã‚<のです。それは、今作っていã‚< 以上のエネルギーになã‚<ことは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理すã‚<のは、私たちの子孫なのです。

そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますã�<。だã�<ら、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありまã�>ん。

だã�<ら、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっã�<りとè¦<てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子åŠ>発é>»所をどんど ん造って大丈夫なのã�<どうã�<、äº<故だけでなく、地震で壊れã‚<心配もあって、このままでは本当に取り返しのつã�<ないことが起きてしまうと。これをどうしても 知って欲しいのです。

ですã�<ら、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働していã‚<原発も、着実に止めなければならないと思っています。

原発があã‚<限り、世界に本当の平和はこないのですã�<ら。

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筆者「平井憲夫さん」について:

1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発äº<故調査å>½民会議顧問、原発被æ>�労働者救済センター代表、北陸é>»åŠ>能登(現・ 志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北é>»åŠ>女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機 é�<転差し止め訴訟原告証人。

「原発被æ>�労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。

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原子åŠ>発é>»がなくても暮らã�>ã‚<社会をつくã‚<å>½民会議

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